比叡山・横川の般若谷にある源信の墓は、林道から幅約1メートルの石段を上ったところにある。(石段の前には「恵心僧都御墓」と刻まれた石碑があるが、道標の看板がないので、分りずらい。)墓碑の前に人の背丈くらいのかわいらしい石の鳥居があり、玉垣で囲まれている。反花座の基部、笠石と宝珠を頭頂部に載せた細い竿石のこの墓は、いわゆる「笠塔婆」と呼ばれるものである。すぐ傍の斜面やくぼ地には、僧都を慕うかのように、後代の横川の住持・僧侶たちの墓碑が立ち並んでいる。
横川中堂 |
中堂正面 |
恵心院 |
源信(942〜1017) 恵心僧都とも呼ばれる。 |
比叡山・横川の般若谷にある源信の墓は、林道から幅約1メートルの石段を上ったところにある。(石段の前には「恵心僧都御墓」と刻まれた石碑があるが、道標の看板がないので、分りずらい。)墓碑の前に人の背丈くらいのかわいらしい石の鳥居があり、玉垣で囲まれている。反花座の基部、笠石と宝珠を頭頂部に載せた細い竿石のこの墓は、いわゆる「笠塔婆」と呼ばれるものである。すぐ傍の斜面やくぼ地には、僧都を慕うかのように、後代の横川の住持・僧侶たちの墓碑が立ち並んでいる。
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光明寺 〔京都府長岡京市粟生西条ノ内26の1〕 女人坂の紅葉で知られる光明寺は、西山浄土宗の寺。このあたりは、法然上人が最初に念仏の法門を説いた場所と言い伝えられている。建久9年(1198)、熊谷真実が御堂を建て、堅田の浮御堂から阿弥陀如来を迎えて祀ったのがこの寺の起源。応仁の乱の兵火などで主要伽藍を失ったが、相次いで再建され、現在2万坪の境内に、30余棟の堂塔が建っている。法然上人像を安置する御影堂、阿弥陀堂、信楽庭(しんぎょうてい)、勅使門などが見どころ。女人坂と呼ばれる高麗門からつづく石畳の参道は、秋には楓の紅葉がみごと。 |