平成29年年頭挨拶


  新年明けましておめでとうございます。早朝よりようこそお参り下さいました。 旧年中は大変お世話になりました。どうぞ、本年もよろしくお願い申し上げます。 

  人生は出会いと別れの連続です。悲喜こもごもが人生です。昨年皆さんにはどのような出会いと別れがありましたか?私は幸い、身内に不幸はありませんでした。むしろ、若院にお嫁さんを迎え、長男には子どもが生まれて、新たな出会いばかりの一年でした。
今年一年、どんなことが起こるやも知れませんが、お念仏申す中に、強く明るく生き抜いて行きたいと思います。

 今年の正月の門前の掲示板には、
   み仏の み名をとなえつつ あらたまの 今年も清く 日々を送らむ
という、甲斐和里子さんの歌を掲げました。明るく澄んだ歌です。

 この歌を掲げながらも、実は今、今年私はとても清く日々を送ることなど無理だろうと思っているところです。ご承知の如く、浄蓮寺では今春からの本堂・山門改修工事に向け、みなさんにご懇志(寄付)のご依頼をしている真っ最中です。大概のご門徒はこの事業に温かいご理解をして下さり、中にはもったいない程の懇志を運んで下さる人もあります。けれども、反面、まったく理解の無い人もあります。それが経済的なものによるものか、懇志そのものに対する反感によるものかは分かりませんが、意志表示の無い人には、たとえ住職と言えども、心中穏やかではおられません。清く日々を送ることなど、俗世間の日常の中では、条件付きです。
  しかし、ここでもう一度この歌を読み返してみましょう。
  「み仏の み名をとなえつつ あらたまの 今年も清く 日々を送らむ」
  ただ、「今年も清く日々を送らむ」と言っているのではありません。そのような心ばえなど私の心の奥底のどこからも起こり得ません。その前に「み仏のみ名となえつつ」とあります。「み仏のみ名となえつつ」があるからこそ、即ち仏さまの清浄(しょうじょう)歓喜(かんぎ)の心が私に入って下さるからこその「清き日々」です。とても今年一年、私は心中清らで穏やかな日々を送れそうもありませんが、「ナンマンダブ ナンマンダブ」と手を合わし、お念仏申す中で、仏さまに援けていただいて、この大事業を成し遂げたいと思います。

 この工事は、もう2月から先ず山門の梁の先端の木鼻(きばな)と呼ばれる象と獅子の彫刻の取り外しから始まります。約半年間は、本堂が使えなく、行事も出来ません。ご不自由をおかけしますが、秋には立派になった姿が見られると思います。工事の様子も見学が出来るよう体制を整えたいと思っています。どうぞ、時折、覗いてみて下さい。これからもどうぞ、ご協力のほど、宜しくお願い申し上げます。

 本当に、新年早々にようこそおまいり下さいました。最後に、皆様の今年一年のご健勝とご多幸を念じて、ご挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。

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